ピリベンカルブの発見経緯

ピリベンカルブ
ピリベンカルブ

農業用殺菌剤として一大カテゴリーを築くStrobilurin系殺菌剤の中で、ピリベンカルブの化学構造は異彩を放っている。

周知のとおりアクリレート系殺菌剤は、天然抗菌活性物質であるStrobilurin類のジエン部分をベンゼン環に置き換えることにより、環境中での安定性を付与するなどして創製された化合物群である。Azoxystrobinを例にその化学構造に目を向けると、殺菌活性発現部位とされるメトキシアクリル酸メチルに対し、フェノキシピリミジニルオキシ基がベンゼン環を介してオルソ位から伸長している。これまでに上市されているStrobilurin系殺菌剤の全てがこれと同様の位置関係を持つのに対し、ピリベンカルブでは殺菌活性発現部位のカルバミン酸メチルとピリジルメチルオキシイミノエチル基が、ベンゼン環を介してメタ位の位置関係であることが最大の特徴となっている。

低薬量で広範な病害防除スペクトルを持つStrobilurin系殺菌剤をケイ・アイ研究所*からも創出しようと探索を開始した当時は、AzoxystrobinやKresoxim-methylが上市されつつあり、それに続こうと多くの農薬会社による競争がし烈な時期であった。

ピリベンカルブ

新規性を出すのに苦悩する中、特許情報から得られたStrobilurin系殺菌剤の化学構造を2次元テンプレートにあてはめ、殺菌活性が期待される新規化合物を種々デザインしていった。そうして合成された化合物の中の1つが、N-3-フェニルベンジルカルバミン酸メチルであった。当化合物の殺菌活性は弱いものであったが、ベンジル基2位に置換基を導入したN-2-クロロ-5-フェニルベンジルカルバミン酸メチルとすることで、活性が飛躍的に向上した。この化合物をリード化合物として、5位フェニル基をアルキニル基に変換した化合物群も高い殺菌活性を示したが、強い薬害を回避することができず、さらなる合成展開が必要であった。当初この5位は、それまでのStrobilurin系殺菌剤の展開例より、多様な構造をとりうると考えていた。しかし予想に反し、多くの構造変換で殺菌活性が失われ、ようやくたどり着いたのが、ピリベンカルブに至るきっかけとなったベンジルオキシイミノエチル誘導体であった。それらはリード化合物としては5-フェニル体やアルキニル体に比べ、決して殺菌スペクトルの広い化合物ではなかった。しかし薬害の小さい化合物を選抜したおかげで、先行していたStrobilurin系殺菌剤が参入できなかった、多くの作物病害に適用することができたと考えられる。

ピリベンカルブの特異な化学構造は、当初は先行技術を避けることを主眼とした、いわば苦肉の策であったかもしれなかったが、結果的には植物安全性やQoI抵抗性菌に対する交差を減少させる一因となったとも考えられ、幸運であったと思う。

  • ケイ・アイ研究所は、化学研究所(創薬研究センター)の前身です。