ジクロベンチアゾクスの発見経緯

ジクロベンチアゾクス
ジクロベンチアゾクス

ジクロベンチアゾクスはイネいもち病に低薬量で高い活性を示す新規殺菌剤である。ブランドネーム:ディザルタ(DISARTA)、製品名:ブーンⓇとして開発された。イネいもち病菌に対し実用的なレベルで抗菌活性は示さない一方で、病害抵抗性関連遺伝子であるPR1、PR5の発現がシロイヌナズナで認められることから、本剤の主な作用機構は植物への抵抗性誘導である。

水稲殺虫殺菌剤は長期残効型箱処理剤を中心とした市場となっており、イネいもち病防除剤は耐性菌発生リスクの低い抵抗性誘導剤(SAR剤)が大部分を占める。我々は本市場に参入すべく、播種時覆土前箱処理でも水稲に対し十分に安全な化合物の創製を目指し、SAR剤プロジェクトを立ち上げた。

さまざまな化合物をスクリーニングするうちに、2-位にスルホンアミドが置換した安息香酸がイネいもち病水面施用ポット試験で、市販剤と同等の活性を示すことがわかった。当時、対象病害がイネいもち病だけの場合、活性が市販剤同等では開発困難という認識で、プラスαの付加価値が必要という方針であった。このスルホンアミド置換安息香酸を閉環して、イオウ原子を導入したチオサッカリン誘導体にイネいもち病以外の殺菌活性や弱い殺虫活性が見出されたが、残念ながら実用的な活性ではなかった。そこで、サッカリン誘導体に着目し、サッカリンと種々ヘテロ環をリンケージで結合した化合物にプラスαの活性を期待した。リンケージによって活性とスペクトルに期待した変化はなかったが、ヘテロ環が3,4-ジクロロイソチアゾールの時にポット試験で比較剤の約10倍の活性化合物が見いだされた。この頃から防除対象をイネいもち病に絞り合成と選抜を継続した。

ジクロベンチアゾクス

ポット試験では複数の化合物に高いイネいもち病活性が認められたが、最も簡単なリンケージであるメチレンがサッカリン3-位の酸素から結合した化合物、つまり3,4-ジクロロイソチアゾールメタノールがベンゾイソチアゾール 1,1-ジオキシドの3-位に結合した化合物が圃場試験でイネいもち病活性とイネに対する安全性のバランスが最もよく、製造原価が安価と試算されたことから、最終的にジクロベンチアゾクスを選抜した。

ジクロベンチアゾクスは簡単な構造の中に、実は優れた性質が隠されている。ジクロベンチアゾクスの水溶解度は既存いもち剤の中で最も小さい0.43ppmで、イネへの吸収を制御することによりイネに対する安全性を確保しながら長期残効性を実現していると考えられる。logP=3.4(20℃)で水田剤としては最適な値で、土壌親和性が高く、各種変動要因に強く、安定した防除効果が期待できる。

ジクロベンチアゾクスを見出すことができた要因は次のように考えている。当初、ジクロベンチアゾクスの重要中間体である5-シアノ-3,4-ジクロロイソチアゾールは、既知の方法に従い、シアン化ナトリウム、二硫化炭素、塩素から合成した。この反応は非常に難易度が高く低収率であったが、検討を重ねた結果100g スケールで目的物が得られるようになった。原料が十分に確保できたことがジクロベンチアゾクスを見出だせた大きな要因になっている。また、スクリーニングチームが安定した検定系を確立したため、稲体濃度分析との相関を取りながら、詳細に抵抗性誘導剤の効果を見極めることができた。

ジクロベンチアゾクスが開発にこぎつけた大きな要因としては、実験室では合成難易度が高かった中間原料5-シアノ-3,4-ジクロロイソチアゾールを、その後プロセス研究チームが工業的製造法を確立したことが挙げられる。また、幸運なことに水稲箱処理剤の有効成分として適した物理化学性を持っていたため、イネに対する安全性を確保しながら高活性と長期残効性を実現できた。さらに、この特長を最大限に生かす製剤処方を確立した製剤研究チームの技術も欠かすことは出来ない。