Takashi Todai
小穗の枯死および
橙色のスポロドキア
Microdochium属菌
による葉枯症状
主に穂、および子実に発生し、葉にも発生する。
主な病原菌は3種で①マイコトキシン(カビ毒)を産生する Fusarium graminearum(フザリウム・グラミネラム)(同種異名Gibberella zeae(ジベレラ・ゼアエ))、マイコトキシンを産生しない②Microdochium nivale(ミクロドキウム・ニバーレ)(同種異名Monographella nivalis(モノグラフェラ・ニバリス))および③M.majus(ミクロドキウム・マジュス)である。その他複数のフザリウム属菌が関与する。いずれも穂では開花終了頃から乳熟期頃に小穂が点状に褐変し、やがて白く枯れてくる。発病が穂軸に進展するとそこから上位の小穂はすべて枯死する。罹病部位は乳熟期頃がもっとも観察しやすいが、成熟に伴い罹病部と健全部の見分けが困難になる。また、乳熟期以降罹病小穂の穎の合わせ目や表面にスポロドキアと呼ばれる桃色ないし橙色の胞子の塊が認められる。なお、ミクロドキウム属菌のスポロドキアは判別しにくい。フザリウム属菌による赤かび病の場合、子実は白く退色し、時に桃色に着色する。ミクロドキウム属菌では子実の着色は見られないが、粒厚が薄くなり歩留まりを低下させる。葉ではミクロドキウム属菌による葉枯症状を呈することがある。具体的には、葉身に褐色紡錘形の病斑および葉身基部から葉鞘にかけて褐色斑紋状の病斑を形成する。春まきコムギではフザリウム菌による発生が多い。
出穂期以降の降雨および曇天などの天候不順が発病を助長する。特に本病に対する感受性は開花期頃が最も高いため、出穂期から開花期にかけて雨天が続くと著しい被害をもたらす恐れがある。また、地形的に濃霧が発生するような地域でも被害が大きい。
茎葉散布は開花始から7日間隔で行う。秋まきコムギでは2回、春まきコムギでは3~4回散布する。開花のばらつきや、開花期間が長引く場合は、適宜追加して散布を行う。散布予定日に降雨が予想される場合は前倒しして行う。殺菌剤により病原菌の感受性が異なることに加え、ミクロドキウム属菌では一部の殺菌剤に対する耐性菌が広範囲で確認されているため殺菌剤は適切に選択する。伝染源となる罹病麦稈は完熟堆肥とし、前作がトウモロコシの場合は残渣をすき込む。マイコトキシン汚染を低減するため、倒伏しないような肥培管理および刈り取り後の収穫物の速やかな乾燥を徹底し、ふるい選別や比重選別を行う。
地際部稈(かん)の紡錘状病斑
(清水原図)
地際部の葉鞘および茎に発生する。
播種後約1か月後には発病が認められる。病斑は淡褐色~褐色、周辺が不明瞭、中心部が灰白色で黒いすす状のカビを伴う。5月中~下旬に病斑は茎まで進展し、紡錘状で眼の形をした典型的な病斑を形成する。病斑の形成は第二節間の基部にとどまり、上位におよぶことは少ない。その後、病斑は茎基部全体に拡大し、出穂期の6月中旬頃になると茎の周囲をとりまく。このため、コムギの組織がもろくなり、病斑部から折れて倒伏する。この倒伏が生じはじめてから本病の発生に気づく場合がほとんどで、軽症で倒伏に至らないと見過ごす場合が多い。
連作すると病原菌の密度が高まり発生が多くなる。春期が低温に推移すると多発しやすい。本菌は多湿を好むので、転換畑などの排水不良地で発生が多い。また、早播、密植や窒素過多による茎数過剰は発病を助長する。
伝染源は土壌中に残った罹病麦稈であるため、連作を避け、3年以上輪作する。未発生圃場に拡大させないため、作業順を工夫し、作業機械の洗浄を行う。播種期、播種量及び施肥量は合理的な栽培法を守り、茎数過剰や過繁茂を防ぐ。夏期の湛水処理や田畑輪換により被害の軽減をはかる。病原菌は多くのイネ科雑草に寄生するため、本畑および畦畔の雑草防除に努める。排水を良くする。輪作や栽培管理を行っていれば多発することはなく薬剤散布は必要ない。やむを得ず連作した場合には多発する可能性が高いので、発病が増加する幼穂形成期から茎に病斑が移行する節間伸長期の薬剤散布は有効である。なお、病原菌により殺菌剤の感受性が異なるとされ、さらに一部の殺菌剤では耐性菌および感受性の低下が認められている。
幼穂形成期か節間伸長前期に2,000倍を散布する。いずれか一方は本剤とは異なるFRACコードの殺菌剤を用いる。
赤褐色の夏胞子堆
葉に発生する。
9月下旬頃から発生し、融雪後は4月下旬頃から再び認められるようになる。なお、春まきコムギでは5月下旬ころから発生が見られる。病斑ははじめ葉身に短楕円形の1mm長ほどの小斑点を形成される。これは病原菌の夏胞子堆であり、成熟すると表皮が破れ、中から淡褐色の粉状の夏胞子が飛び出す。出穂期になると激しく発生し、全葉が赤さび色になり、手や衣服に容易に付着する。コムギが成熟期に近づくと、夏胞子堆に並んで暗褐色でやや膨れた長楕円形で大きき1×2mm 大の冬胞子堆を形成する。冬胞子堆は夏胞子堆のように表皮が破れることはない。
9~11月の高温。5~6月の高温多照。
抵抗性品種を栽培する。適期播種と適正な施肥管理を行う。秋まきコムギでは止葉直下の葉の展開期から止葉期の茎葉散布の防除効果が高い。残効性に優れる殺菌剤を散布し、開花始にも茎葉散布を行う。
葉身に形成された白色の病斑
葉に発生し、多発すると穂にも発生する。
はじめコムギの葉身や葉鞘に白い斑点が現れ、そこに胞子が形成されて盛り上がる。その後病斑が一面に広がると、“うどん粉”をまぶしたような状態となる。さらに症状が進むと病斑は灰褐色となり、その中に点々と病原菌の子のう殻である黒い小粒点が散生される。秋まきコムギの初発は播種当年の秋で、春期には融雪後気温の上昇とともに新しい病斑が形成される。病斑はコムギの生育とともに下葉から上葉に進展し、穂にも発生する。なお、春まきコムギでは6月上旬頃から発生が見られる。
感染後は乾燥気味の気象条件の方が本病の発生に好適である。曇雨天や、厚播きや窒素肥料の過用によるコムギの軟弱な生育は本病の発生を助長する。
播種期、播種量および窒素の施用量を適切にする。抵抗性品種を栽培する。罹病性の品種では止葉直下の葉の展開期から残効性や散布後に展開した葉位への効果に優れた殺菌剤の散布を開始する。一部の殺菌剤で耐性菌や感受性の低下が認められている。
茎葉の黄化および萎縮
葉、および茎に発生する。
融雪後、葉身にかすり状、縞状の退色斑点が現れ、葉先側から黄緑色になり、枯れ上がる。新葉はねじれることはない。節間伸長期には、株全体が萎縮し、草丈が低くなる。株単位で発生する。根雪前に症状が出ることはない。2024年現在の北海道主力品種「きたほなみ」では、主に萎縮症状を示す。発病が軽度の場合には、出穂近くなると症状が不明瞭となるが、発病が激しい場合は、分げつが抑制され、穂長も短くなり、粒重も低下する。多発圃場では抵抗性がやや弱~弱の品種で30~50%以上の減収となることもある。
根雪が遅く、秋が長い年や地域では、感染期間が長引くため、発病しやすい。したがって、早播きで発病が多くなる傾向がある。病原ウイルスの増殖は10℃前後が、病徴進展は5℃前後が適温である。また、土壌水分の多い圃場で発病が多くなる傾向にある。
連作しない。適期に播種する。抵抗性品種を使用する。土壌水分の高い圃場では排水対策を講じる。土壌伝染するため、トラクタ作業で汚染土壌が分散する恐れがあるので、発生圃場の作業を後に行うように留意し、農機具に発生圃場の土壌が付着した場合はよく洗浄する。
形が崩れ黒色粉状の
胞子が現れた罹病穂
(清水原図)
わい化した罹病穂
(清水原図)
穂および葉に発生する。葉では黄化する。
北海道で近年発生しているなまぐさ黒穂病の病原菌は Tilletia controversa(ティレッティア コントロヴェルサ)であり、過去に北海道で発生した、あるいは、本州における病原菌(T. caries(ティレッティア・カリエス))と異なる。病原菌による感染茎の草丈は低く、4~5月から下位の葉身が筋状に黄化するが、条斑病のように病斑が葉鞘に連続して形成されることはない。次第に上位葉にも黄化が認められるようになり、成熟が進むと褐変し枯死する。出穂期以降の発病茎は健全茎の半分程度の草丈である。発病穂では小花が肥大し、穎が開き、発病粒が露出する。発病粒の外皮は濃緑色~褐色を呈し、内部には黒色の胞子が充満している。外皮は破れにくいので裸黒穂病のように胞子が飛散しない。胞子は特有のなまぐさい異臭を放つ。
ティレッティア・カリエスが種子伝染するのに対し、ティレッティア・コントロヴェルサは土壌伝染する。主に積雪下で感染するとされ、積雪期間が長いほど発病が増加する。播種時期が遅く、播種深度が浅いと発病が助長される。
適期に適正な深度で播種する。種子は殺菌剤が塗抹された種子を用いる。10月下旬~11月中旬に殺菌剤を茎葉散布する。なお、殺菌剤により散布適期が若干異なる。適正な輪作に努める。発生圃場を水田化することにより土壌中の菌密度を低減することができる。
雪腐大粒菌核病
枯死葉上に形成された
黒色不整形の菌核
雪腐黒色小粒菌核病
枯死葉上に形成された
黒色球状の菌核
雪腐褐色小粒菌核病
葉鞘および根に形成された
褐色の菌核
褐色雪腐病
(清水原図)
紅色雪腐病
橙桃色を呈した枯死葉
スッポヌケ症
地際葉鞘および稈の
腐敗と黒色の菌核
葉および茎に発生する。
雪腐病は複数あるが、いずれも積雪下で蔓延し、融雪後に葉および茎が枯死し、越冬茎数を減少させる。北海道内で地域や圃場環境によって優占する病害が異なる。
いずれも土壌中に伝染源が存在するため連作は発病を助長する。積雪期間が長いと発病が多くなる。越冬前の生育が不十分だと発生した際の被害が大きい。特に、褐色雪腐病は排水不良の圃場での発生が多い。
輪作する。圃場の透排水性を改善する。適期に播種する。資材等で融雪を促進する。積雪前に殺菌剤の茎葉散布を行う。この場合、根雪直前の散布が最も効果的であるが、散布から積雪までに一定量以上の降水量がなければ、根雪直前の散布でなくても十分な効果が得られる。紅色雪腐病は種子伝染するため、必ず種子消毒を行う。
かすり状の退緑
葉および茎に発生する。
起生期頃からかすり症状を呈して株全体が黄化し生育が抑制される。未展開葉では黄化や軽いモザイク症状が認められる。罹病葉は軟弱となり、葉が巻く場合がある。5月上旬頃から顕著な黄化および萎縮が認められ、6月中旬でも黄化が認められる。縞萎縮病は6月以降黄化症状が消失する。
根雪が遅く、秋が長い年や地域では、感染期間が長引くため、発病しやすい。したがって、早播きで発病が多くなる傾向がある。病原ウイルスの増殖は17℃が適温である。また、土壌水分の多い圃場で発病が多くなる傾向にある。
連作を避ける。適期に播種する。抵抗性品種を選択する。土壌水分の高い圃場では排水対策を講じる。土壌伝染するため、トラクタ作業で汚染土壌が分散する恐れがあるので、発生圃場の作業を後に行うように留意し、農機具に発生圃場の土壌が付着した場合はよく洗浄する。
黄色の条斑および褐色の壊疽
葉、茎および根に発生する。
根と冠部の褐変、下位葉身の黄化、茎葉の条斑症状などが見られる。条斑症状は、起生期直後の下位葉身に不鮮明な黄色条斑として出現し、幼穂形成期頃になると鮮明な黄色~黄褐色の条斑を2~3本形成する。この条斑は、コムギの生育に伴って順次上位葉にも出現し、末期には止葉、穂軸にまで及び、症状の激しい株は出穂前に枯死する。葉身の条斑は必ず葉鞘の条斑とつながっているのが特徴である。止葉にまで条斑が出現している株では、草丈の伸長が阻害されるとともに、穂が出すくみ、開花しても著しい稔実不良となる。
連作が最大の多発要因である。播種時期が早いと発生が多くなる。土壌凍結による凍上害(土壌の隆起による株上がりや根の切断およびそれらによって生じる障害)や土壌の低pHは発病を助長する。
3年以上輪作する。病原菌は多くのイネ科植物の根圏で生存するため、圃場内および圃場周辺のイネ科雑草を除草する。罹病茎葉を圃場内に残さない。種子により伝搬し、新規発生圃場を生む恐れがあるため、種子消毒する。適期に播種する。水田転換畑では20日間以上湛水する。
地際稈の黒変
根、茎、穂および葉に発生する。
10~11月に下葉の先端から基部にかけて黄化し、その後上位葉に及び、草丈が低くなり、下葉から褐変枯死する。発病株は根の一部または多数が黒変腐敗し、激しい場合には葉鞘の地際部も黒変腐敗する。穂揃期~乳熟期頃に白穂が発生する。発病株は坪状に発生し、草丈が低く、早期に枯れ上がり、容易に引き抜ける。また、一穂粒数、千粒重が減少するので著しい減収になる。
連作。土壌pHおよび土壌水分が高い場合発生が多くなる。また、河川付近で下層に礫層が存在する圃場でも発生が目立つ傾向がある。リン酸あるいはカリ欠乏のいずれも発病を助長する。
輪作する。圃場の排水性を改善し、土壌pHを適正に保つ。C/N比(炭素窒素比)の低い有機物をすき込み、深耕する。アンモニア態窒素肥料を作条施用し、微量要素を含む合理的な施肥を行う。水田転換畑では夏期に4週間以上湛水する。
穎に形成された柄子殻
(微小な黒点)
葉身に形成された
褐色紡錘形の病斑
葉、穂および茎に発生する。
病斑上に微小な黒点(柄子殻)を生じる。葉での病斑は長楕円形~不整形、淡褐色、大型の斑紋であるが、古くなると周縁が濃褐色、内部は灰褐色~灰白色の病斑となる。初期はミクロドキウム属菌による葉枯症状(赤かび病)の病斑に似ており、肉眼での識別は難しい。
北海道における詳細な発生生態は不明であるが、高湿度が発病に好適で、圃場内では跳ね上がった雨滴により伝搬される。発病の蔓延は20~27℃で生じる。
罹病残渣が伝染源とされるため、被害麦稈を圃場周辺に放置しない。3年以上輪作する。種子伝染もするため種子消毒する。節間伸長後期から開花期まで殺菌剤を茎葉散布する。
穂の奇形と黄化・肥大した止葉
茎、葉および穂に発生する。
はじめ下葉が黄白色となり、葉は短く、激しい場合には枯死する。病株全体が淡黄色となり、分げつが異常に多く、節間はほとんど伸長しない。葉幅が広く肉厚となり、ほとんど出穂しない。生育中期に感染すると、穂数が少なくまた奇形穂などが多くなり、稔実しないことが多い。
台風などによる大雨で河川が氾濫し、コムギが冠水した場合に発生する。
表面水の排出。
淡褐色の斑紋
葉鞘、茎に発生する。
はじめ、葉鞘に灰白色楕円形の病斑が認められる。発病が進むと葉鞘は全体が枯れて病斑は不明瞭となる。地際部には、長楕円形ないし雲形で、周辺淡褐色、内部汚白色の病斑が生じ、しばしば茎を囲む。茎の病斑上や葉鞘裏面などに褐色の菌糸塊が見られることがあるが、茎の内部に菌糸が充満することはあまりない。病斑が茎の全周を取り巻くと倒伏する場合があるが、眼紋病のように面的な倒伏に至ることはまれである。
罹病残渣が伝染源となるため連作が発病を助長する。
輪作。
病害解説
解説の多くは北海道の場合である。解説文は主に
「北海道病害虫防除提要」および
「北海道農作物病害虫・雑草防除ガイド」より引用した。
謝辞:本稿作成にあたり、提供元記載のない写真は、
(地独)北海道立総合研究機構から
提供を受けた。
提供していただいた各機関に謝意を表する。
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